ウエダテツヤの痒いところ(仮)

ドラマー・ウエダテツヤの痒いところに手を伸ばしたい

「米国軟着陸」改め、「痒いところ(仮)」

閲覧数を稼ぐ気が全く無いタイトルはご愛嬌。ま、まだ(仮)だから。アクセス解析によると米国軟着陸シリーズはトータル約6万回読んでいただけました。何処にも掲載されず、¥にならないドラマーのただの日記(後半は月記)としては結構頑張ったんじゃないでしょうか?渡米初期は読んでくれてる皆さんのおかげで寂しさを乗り越えました。ありがとうございました。

 
6月から8月にかけてVISAが切れるので日本に帰国しなければならず、美味しいご飯と湯船に浸かれる嬉しさ半分、家賃のもったいなさ半分($450の地獄の安さ。)で学校も無い*グレイスピリオドをスーパーリラックス(THCもたまに)状態で未来の事を考えながら生活していたら、自然と色々思う所もあり、書きとめておこうと思った次第です。
 
(*グレイスピリオド=通学を終了した学生ビザ保持者の帰国準備のために認められている滞在許可期間。もし弁護士が見つからず、教会の仕事を得ず、LIONIZEとも出会っていなければここでゲームオーバーだった。)
 
さて、俺は今ある種、シーズン1とシーズン2の繋ぎ期間にいるわけだが、今まさに俺の超激しい音楽的煩悩(もしくは私のゴースト)が
日本・・・日本・・・オ~ジャパン・・・
と、囁くわけです。
 
もちろん俺は今アメリカで想像を超えた充実をしていて、毎日のように誰かの耳に届くように演奏し、少しづつお金をもらい、カナダやヨーロッパへのツアーもちょっとづつ計画しています。それはこれからも変わらずに全力でやる。アメリカで「ワァ~!」と音楽をやることは既に全て仕事でもあるし。
 
ただ今思うと、日本で「なんか違う感、これじゃない感」の中で自分を生かす音楽と10数年間向き合ってきたストレスや嘘が、逆に自分のインプットの一部だったんじゃないかと感じる事がある
一緒に演奏したアメリカの本当に素晴らしいミュージシャン達が皆、俺の音楽の捉え方がある種ユニークだと言う意味を探った時に特に。
テクニックなんてあって無いようなもんだから必要最低限でどうでもいいんだけど、その批評の意味を考えると、32年の長い東京生活の中でその差、とりわけ実は日本で得ていたエネルギーの謎を理屈でなく感覚レベルで感じていてもおかしくはないのだ。
 
ゴーストが、なんかすっごくスピリチュアルな事をおっしゃっている。
 
それを文化も環境も全く違う2国間での活動を経て体験し確認したい!
ちょうど強制的な帰国期間もある!
 
う思い、結局1年以上自分の意識から一度も消えることはなかったNONMALTという自身のバンドで、カイモクジショウ時代以来の自主企画「District NONMALT」を立ち上げました。

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 完全DIYで、芸能チックになる事なく、スポーツになる事もなく、音楽と関係ない社会的縦関係を排除し、期待を寄せて楽しみに来るお客さんのその一瞬を豊かにし、自分の声に素直に、ホドホドに全てのスタッフの日当が出せて、無理なく日本で面白い事をやるにはどうしたらいいのか?
 
その実験と継続するための要素の確認の場となる大事な企画です。DISTRICT NONMALT、NONMALT地区と名付けたこの企画には、懐かしのカイモクの無茶なツアーや企画、DRUMSHEDシリーズ、MUSHAxKUSHAの制作や牽引などの様に、アレもコレも欲しくてやりまくりたい俺の煩悩が100%詰まっています。
 
初回ゲストのレイトはNONMALTがスタートする以前、発表こそ叶わなかったものの一緒に制作をしていた仲間でもあります。とてつもなく生々しいリリックを投げかけてくる個性派文学ラッパーです。

www.youtube.com

彼のライブでのこの曲の冒頭部を使った「世界一不穏なコール&レスポンス」が大好きです俺は。

 

ともあれ特別な2マン、HIPHOPに留まらない文学ラッパーとインストバンドの2マン、過去に制作も行っていた・・・

となると何か特殊な事が起きない方がおかしいよね・・・?是非その辺も注目の上どうぞ。

 
当日の仕掛けを明かしてしまうことはアレなので、最低限の情報も載せておきます。
※環境イメージ図

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ご覧のようにロックバンド的要素を全排除のイベントになっています。至近距離ながらシッカリ音を作った上での360°音響、美術、何より丁度良いライブ感。おまけにフリーソフトドリンク完備、アルコール持込み自由、禁煙(ロビーに喫煙スペース有)。全て演出します。

 
絶対に面白い。と思い企画を進めても、いつもながら初回はやはり不安になるものです。
まずは告知からすぐに予約してくれた有難いお客さんに感謝。ありがとう。
 
しかしまだまだ余裕あります!
 
ここを読んでる人は少なくとも俺のアレコレを楽しんでくれている人々でしょうから、
今までの全60数回の米国軟着陸が有料コンテンツだったと仮定して遊びに来てください。爆
この企画の反応、結果そのものが、多分日本での俺の限界になるんだろうと思っています。
 

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2018.3.4「真上vol.2」以来のNONMALT帰国後初ライブ、是非!(最後まで読んでネ)
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July 27 2019
On Air Okubo Studio 4st, Tokyo, Japan
OPEN 3:00pm START 3:30pm
3000yen(要予約)

www.nonmalt.com

 
地区概要
7月27日には、新しいハイエンドミュージックスタジオ「On Air Studio Tokyo」で、NONMALTによるユニークなライブイベントが開催されます。これはスタジオライブですので、このイベントには独特の状況と構成があります。それは別の次元を表現するための巨大なレコーディングルームになるでしょう。また、映画のような美しい表現のために、今回は限られた人数を招待する方法を選びました。この追加に興味があるなら、予約して、「DISTRICT NONMALT vol.1」に来てください。何よりも、新しい音楽の経験を探している人々は、ビジョン、聴覚、さらには触覚に到達するためにこのイベントを訪れるべきです。
2019年7月27日開催の第一回は超個性派文学ラッパー「レイト」を迎え、ゼロ距離での小規模2マンをプロ仕様のスタジオライブにて行います。多数のギミックと共にライブハウスでは中々味わえない生々しさを体感して下さい。
※定員の25名に達し次第、チケットの販売は締め切らせて頂きます。
 
※NONMALTはハーモニカ、ギター、ベース、ドラムを含むインストゥルメンタルバンドです。 2018年にワシントンD.C.に引っ越し、プロとして1年以上ドラムを演奏してきたドラマーの上田哲也によって2017年に結成されました。また、作品はブレンダン・キャンティFUGAZI)、ジャンポール・ガスター(CLUTCH)、アール・ハルビン(The、Seal、宇多田ヒカル)、そしてその他多くのアメリカのプロのミュージシャンによって高く評価されています。
 
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PS:最近は書く練習のために英語の辞書は使うけどネット検索禁止縛りで文章を書いて、それを日本語にグーグル翻訳して変な言い回しを楽しむ。という1人遊びをしています。音楽の事が英語訓練に直結する。こんな素晴らしい事、逃す手はないよね。
 
つづく
 
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おまけ
概要翻訳元英文(結構書けるようになってきたぞ!)

Summary of the district

A UNIQUE LIVE EVENT by NONMALT that challenges to invent new emotional danceable music, will be born at the really high end music studio “On Air Studio Tokyo” on July 27th. This event has an unique situation and configuration because this is studio live. It’ll be a huge recording room to express an another dimension. And also, for beautiful expression like a movie, we chose the way to invite limited number of people for this time. If you’re interested in this, reserve and come to “DISTRICT NONMALT vol.1”. Above all, the people who are looking for new music experience should come this event to reach a vision, the sense of hearing, even the sense of touch.
This 1st event on July 27 2019 will be zero distance 2 man show for limited number of people in highly professional recording studio with a Japanese Rapper レイト(REITO) who has super individuality literary lyrics and music. Please come to take a fresh music experience which usually can’t take from normal live venues.
[Caution]
When the subscribers is to be 25, The ticket won't be able to reserve.
 
※NONMALT is an instrumental band including Harmonica, Guitar, Bass, and Drums. They were formed in 2017 by a drummer TETSUYA UEDA who moved to Washington D.C. in 2018 and has been playing the drums for over a year as a professional. Also, His play style is judged highly by Brendan Canty (FUGAZI), Jean-Paul Gaster(CLUTCH), Earl Harvin(The The, Seal, Hikaru Utada), and many other The US professional musicians.
 
 
 
 
 
 
 
 
 

軟着陸最終回 3/3 米国軟着陸 #68

2019年4月6日、記念すべき1アメリカ歳となった。

日本人からするとアメリカには同調圧力が全く無いような感じ。いや、多少はあるんだろうけど感じない。そして出る杭は出る。自分次第でビョーン!と出る。その反面、個性と魅力を維持出来ない場合、簡単に終わる。と言うか始まりもしない。

そんな中で生き残るには音楽というフォーマットで自分を100%晒して解放出来る事、テクニックがそれに追いついている事、それそのものに自分だけの味わいとオーラを纏わせる事、そう言ったスキルが必須だ。ミュージシャンなら当たり前だが、24時間止まらず音楽についての考察と実践を続けていないと、この国の深いところには入り込めやしない。

演奏するのがストリートだろうがライブバーだろうがホールだろうがここはアメリカ。楽器を演奏しない、持っていない人の方が少ないこの国の人々の耳はとってもシビアだ。

何が言いたいかと言うと、1年で気付いた事としては自分の音楽を知るには素晴らしい環境だったって事。30過ぎたって言語習得は可能だし、お国柄ではあるがストリートでも稼げるし、セルフマネジメントで世界的なミュージシャンと現場を共有できる。映画やネットでしか観たことなかったようなゴスペル、教会で宗教の壁を超えて1つのグルーヴを出す事も可能だし、自分次第で信じられないスピードでアメリカを拠点に世界中に仲間は増えていく。世界中から人が集まるのと、移民の国でもあるからにして、日本では有り得ない事だ。

(トルコとブラジルは特にいつか行かなければならない。Lionizeがすでにギリシャを開拓しているので、目標はブラジル最大のロックフェス、ロラパルーザかな!と大風呂敷。ヨーロッパに関しては既に動き出している。)

更に先日、もうすぐ毎朝通い続けた語学学校も終わるこのタイミングで南米とメキシコの間の国、ホンジュラスからまるで1年前の自分のような新入生が入ってきた。俺との相違点は彼もなんでもやるが根本はラテンジャズドラマーである事、既に英語がかなり話せる事、そして俺という前例にいきなり出会えた事だ。彼はそれを雰囲気で察するように俺の行く先行く先に後ろをついてくる。一体どうやって一歩を踏み出したのか、一体どうやって音楽仲間を見つけたんだ、一体、一体・・・と、質問が絶えない。ただただ不安な面持ちで、無限に質問をぶつけてくる。

ああ、彼の気持ちが手に取るようにわかるし、なんだか嬉しくなった。

20歳にして母国ではプロドラマーの彼、右も左もわからない緊張気味で誰に聞いたのか「あなたがドラマーですか?」と話しかけてきた彼は、この国、音楽の聖地で挑戦したい。仕事がしたい。と立て続けに語り続ける。

わかる、わかるよ。

俺としても1年を客観的に反芻する良い機会でもあるし、彼と自分の音楽がどの水準にいるのか、やらなくてよい事と更に伸ばすべき部分は何か、そんな事も含めて、教えてあげられたら良いなと思う。

 

・・・だらだらした前置きはこの辺で、そろそろ米国軟着陸、終了しよう。

 

#8 MUSHAxKUSHA現る

2019年最初の使命、地の利を活かすとはまさにこの事。出国前の男の約束、MUSHAxKUSHA初のUSツアーのブッキングである。

これも又、何も無い所から自分の足で作り上げた1つの結果だった。

バンドから全5回のメンバーによる回想が公開されているので、本筋はそちらに任せておく。

MUSHA×KUSHA on Twitter: "蟲役者 梅原江史による、 ツアー後記「THANK YOU TOO MUCH 」第1回 https://t.co/Jem7wjrU6n #ASTHEBOYSOTHEMAN #三つ子の魂百まで #ツアー後記 #THANKYOUTOOMUCH #蟲役者 #MUSHAxKUSHA… https://t.co/h2ai2kujJJ"

 

俺にとってこのツアーは2018年末の大きなツアー直後だったので、アメリカで20年も30年も活躍するマジモン達と、日本を凝縮して焼いたような価値観のMUSHAxKUSHA御一行様の様々な文化とスタイルの違いを客観的に比較する事が出来て非常に勉強になった。そしてそれは非常に興味深く、面白いものだった。どちらが良いとか言う話では無いが、自分の足場が既にどちらにもないような寂しさも同時に少し感じた。

同じ空間にいるのに英語圏の窓から顔を出している自分と、日本語圏の窓から顔を出している自分の性格そのものがズレているような。

32年染み付いた日本の環境からいきなり全てを変えた米国軟着陸と、その第1周回を終えたタイミングでの彼らとの再会は、自分の中に文化的な歪みや捻れが生み出されている事も知らせてくれた。元々苦手だった縦社会的発想、空気を読む、など自分も絶対持ってるはずの日本特有の文化が、客観的に見た時にオエッと気持ち悪く感じてしまったのも事実だ。(重ねるがどちらが良いとか言う話ではない)

しかしその狭間は、何か新しいものを産み出す可能性も秘めていると感じる。結成20年を超えるもののメンバーが固まった事は無くB’z状態も長いMUSHAxKUSHAが強烈な「バンド」として大きく進化する為には、この特異な環境から何を得、何を産み出すのか、乞うご期待であり。

様々な文化的ルールの中で好きに出来ない事も多々ある日本のバンドだからこそ、言語の壁を超え、未体験ゾーンへのレールは舵を切れば乗る事が出来る。いちドラマーとしてその準備だけは完了したつもりだ。

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#9 初めての台湾

英語が少し話せるというのは凄い事だ。台湾は英語が通じると言う前情報もあってか、海外に行く気が全くしなかった。実際、宿泊先の人々、ライブハウスの人々、コンビニ店員に至るまでシッカリ英語が通じた。いきなり未知の国で呑んで不自由無く会話してふざけられる。ボーダーレスを実感して超感動した。いきなりマンドリンが母国語の人々と、日本で呑むノリで下世話な会話が出来るのだ。素晴らしい事だ。ライブも大成功とは言えなかったが、それなりに楽しみ、得るものは得た。いくら設備が微妙でもアメリカのそれに比べたらスーパーイージーだ。日本への一時帰国に向けて、素晴らしいクッションとなった。(臭豆腐と苦茶はもう食べない、飲まない)

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#10 6日間の日本

日本は凄い。何もかもが高性能、これでもかと綺麗で、街中至る所がこれでもかと世話焼きで、そこまでやるかと大量のマナーやルールを皆が守り、守られている。絵に描いたようなハイテクノロジー村である。村社会と世界最高峰の技術力の共存、独特な土壌だ。コンビニはパーフェクト。電車ちゃんと来る。安全。(ま、安全なだけに理不尽に暴力的な人とか電車でイキっちゃう人とか多いのかな。とも思う。)

 

でも、でもでもでも、今の俺のこのスタイル、姿勢で音楽やってなかったら間違いなく日本に住む。俺にとって、”音楽を取り巻く環境や文化以外”は、日本の完全勝利である🏆

そんな事を、感じる事が出来た。

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#11 アメリカ帰国とピンチ

全てひと段落した時に降りかかってきたピンチ、学校の出席率である。2019年1月26日に日本からトータル22時間かけて深夜3時Rockvilleの巣に到着。翌日27日8時から学校である。朝到着するとロビーに呼び出され一枚の紙を受け取った。

Warning (警告)

と書かれたその紙には「今日この日より出席率が下降した場合は退学処分とする」と書かれていた。75%の出席率。45週間という長いプログラムの中で一旦落ち込んだ出席率を戻すのは時間を要する。

今まで一切完遂した事の無い未体験ゾーン「無遅刻無欠席」に挑戦しなくてはならないのだ。

日々は過ぎ…

正直寒気がしたが、結果としては無事80%まで回復(人間やる気になれば出来るもんだね)。EXITテストも無事に終了、この1年での獲得スコアは…

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入学テストElementary(小学生) 

意味・コミュニケーション不可。ヒドイ。

卒業テストAdvanced(上級) 

意味・けっこういい。女の子と話せる。

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まだまだ日常会話レベルだけど、結果が出るのは何事も嬉しい。テストはオックスフォードの英語力チェックテストだったが、マネージャーが言うにはTOEICで言うと200点台から800点台に1年で伸びた事になる。

10数年前、偏差値40台、英語常時赤点、割り算も怪しかったワシが… にわかに信じ難いのでもう少ししたら遊びでTOEICテストを受けてみるつもりだ。まあ未だ難しい単語をあまり知らないから、知ってる単語を組み合わせてダラダラ説明する馬鹿みたいな英語を喋っているはずなので(ルームメイトの影響もありそうだ)、そのボキャ貧を解消しないと自慢出来る点数、900点台には到底届かないだろう。

そんなこんなで5月10日、学校を終える。

長かった…

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# 12 あなたプロ?それとも?

アメリカに滞在する方法は沢山ある。観光ビザでの90日間、学生ビザでの5年間(要通学)、弁護士を雇い挑戦する様々なワークビザ。

末永くアメリカで活動したい、ホンモノと共演したいと言う夢物語の中で、英語力ゼロの俺に可能性があったのは1年の学生ビザ保持に必要な時間が最低レベルでの通学とチャンスの模索。それのみだった。

正直もう思い出せやしない、決起した時の気持ち。

2016年着想、2017年チャレンジングプラン決定、2018年にスタートした非現実的だったミッション、民法をドラムで掻い潜る」

に対して、やれる事は全てやった。やり過ぎなくらいやった。いや、やり過ぎや。

無料!の弁護士の発見。

(法律で年に数本のプロボノワークをしなければならないDCの弁護士が、俺の経歴から「イケる」と踏んで立候補してきたと言う形。)

LIONIZEのレーベルによる強力なサポート。

(10年の歴史の中で様々な経歴があるバンドにドラマーとして求められている事がポイント)

そして何より、リスペクトの中で友達になったミュージシャン達からの超弩級のレコメンドレター。

(HPで見れます。超強力)

DRUMMER - TETSUYA UEDA web. - About

 

本当に宝物だ。特に有名でもない、なんのこっちゃない普通のドラマーに対してコレは、アメリカン・ドリームと言ってよい。レコメンドレターに関しては実際は「VISAが欲しい!何か書いて!なんでもいいから!ね?お願いだから!」ってお願いしたんだけどね。爆

 

そして全てが並列に準備され、5月始め、弁護士により「ウエダテツヤのアーティストビザ獲得大作戦」が開始された。いくら強力なサポートがあっても確約されないのがこのビザ。中には数年がかりで商売弁護士に数百万円かける人もいる。

しかし、

お金を持ち出さずに勝ち取るアーティストビザこそが最終的なグリーンカード獲得への「筋道」であり、それがアメリカがアーティストとして俺を欲すると言う事であり、無謀だったはずの目標の達成である。

それは遂に、遂にすぐそこまで来ている。

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# 13 あとがき🛬

2019年5月7日。全てのやれる事はやった。全ての準備は終えた。無事アメリカ版「まな板の鯉」状態に晴れてなり申した。あとは野となれ山となれ。もしビザの獲得に失敗したとしたらまた別の方法を考えるだろう。そこに後悔は無い。

全部やったから。

———

ウエダテツヤの米国軟着陸、不定期更新の中読んでくれてありがとうございました。結局全68回、読み返してみたらあまりにも赤裸々で、おんなじ事ばかり言っていて恥ずかしいが、一つの記録として残していこうと思います。またこの1年の記録が、日本で真摯に正直に音楽に向き合い、そんな音楽家としての未来を探している人々の参考に少しでもなれば、俺はとても嬉しい。

 

このブログは少ししたら名前を変え、テーマも変えて引き続き更新していけたらと思います。

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(1年前)

———

PS: 全部やってなかった。車の免許取ってねぇ… ビザ降りたら速攻で…!

 

[完]

 

軟着陸最終回2/3 米国軟着陸 #67

渡米1年目前にして、学校の終わりと新しい挑戦の始まりが視界に入った。24時間を全て音楽に捧げる(英語の勉強も引き続き・・・)準備を始めている。吐くほどキツイ体験から夢のような体験まで、一瞬ながら濃い一年だった。最早演奏に深みと味が出るなら、なんだってやっちゃうわいね。世界の現場を目指して更にガツガツとやる事をやる。そんな30代にしたい。では軟着陸最終回2/3、2018年末編です。

 

#5タイムリミット

初心忘れるべからず。

と思っていても、夏を過ぎて滞在7ヵ月頃からは景色から新鮮さも薄れて色々な事が普通になってくる。学校に行き、ストリートで演奏し、週末は教会でゴスペル、ミュージシャン達とジャムセッションやライブもたまに。これもいつからか「日常」という雰囲気を帯び始めた。まあ、それ自体は贅沢な事で結構だ。だが現実は学生ビザでの滞在という期限と条件付きの中での挑戦中なのであるから、去年の夏過ぎには現実的な問題として「あと半年でアメリカに居ることが出来なくなる」といった焦燥感が否が応にも顔を出し始めていた。この時点で音楽で生きられる事がわかり、英語もゼロからなんとかコミュニケーションを取るレベルまでは会得した。その慣れと自信がなおさら焦燥感の勢いを増していく。まず自力で次のビザの云々を調べはじめる。調べ始めて愕然としたのが、全くもってナメきっていたと言う事。特にアーティストビザに関して自力で獲得を目指すとなると平均として1年以上、長い人は3年くらいかけて準備をするなんて話だった。更に、USの企業や団体からの推薦、ビザ用弁護士、etc... いやいや、なんもどーしよもねぇよ!と途方に暮れながらもちゃっかり年に一回行われているグリーンカードの抽選には応募しつつ「あーどうしよ、あー」と事実上の行動に移せないもどかしさを感じていた。日常は過ぎ去りつつ、目を見開いて何も考えてない。って状態に陥っていた。正直。

そんなモヤモヤした時期に、キッカケはまるで狙いすましたかのように訪れた。

 

#6 LIONIZE 

ステップ1、まず英語と文化の違いに慣れる。ステップ2、何でもいいから活動を開始する、生活する。一年を待たず動き出せていたのも結果としては順調に見えるわけだが、その内容とストレス、寂しさは想像を超えていた。ほぼ全てが単独行の挑戦だったからだ。そんな時にこのコッテコテにクラシックな、70年代に帰りたそうなロックバンド"LIONIZE"との出会いはそのまま米国軟着陸での最大の転機になった。

結成11年の彼らはとにかくドラマーに恵まれていなかったにもかかわらず、アメリカのロックのルーツを大事にし、DC発祥の"GO-GO"などへの尊敬、美しい歌とドストレートに見えて捻りの効いた右フックみたいな歌詞で米東海岸、イギリス、フランス、ギリシャなどにて一定の支持をあつめている。

そんなバンドのオーディションを受けないか?大事なツアーが決定して、色々洗い直さないといけないみたいなんだよ。とDylanから情報を得たのがキッカケとなる。音源を頭に入れていく段階では正直、たしかにドラマー弱いなあ・・・。なんて思った。

2017年のアルバムを最後に、そのドラマーが脱退し、先日発売されたEPとこれから発売される新作にはCLUTCHのJean Paul Gaster(通称JP)がサポートとしてレコーディングに参加している。

オーデション当日には指定の4曲をビシッと頭に入れつつ、特にexドラマーの主張はフォローせず自分自身を音でプレゼンしていく。

そして翌日には答えは出て「次のツアー楽しみだね!」だと。いや・・・う、うん。(決定が早い) 

しかしそこには問題も。

既にこの時点でMUSHAxKUSHAのUSツアーが決定していた事により、さらにツアーに時間を割くと言うのは俺にとっては学校の出席率なども犠牲にする大きな決断である。(実際ツアー後に75%まで一気に落ち込んだ出席率は少しづつ回復しているものの未だ80%に満ちていない。)

が、音楽をやる。絶対に蹴るわけにいかなかった。

彼らの音楽はシンプルだからこそ任される部分、誤魔化せない部分も多い。それは逆にボーカルNateの素晴らしい歌を後ろからグイグイ持ち上げてやる空白も沢山あるって事だ。そして俺は一緒に歌うようなプレイスタイルが大好きだ。加えてスポーティな音楽が苦手な俺には、特に変わった事は一切せず歌を躍動させる事に一直線な彼らの姿勢がストレス無く馴染み、楽しみ、期待でいっぱいになった。

そうして個人的な状況は色々ギリギリになるリスクを取り、ストリート、教会に続いて3つ目の「仕事」と言える活動にありついたのだった。ツアーに出て、自らの音楽がそのままこの地での生活の燃料になっていく。求めていたことの一つだ。

 

#7 一つの大舞台への侵入

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楽しくコッテリしたリハーサルを繰り返していたらあっと言う間にClutch tour Holiday Run 2018初日、2018年12月27日は訪れた。そして自分が置かれた状況を正直ナメていたと言うか、何にも想像できてなかった事にすぐに気がつく。

日本のバンドの海外ツアーとかの感覚をイメージしていたが、それがそもそも間違いだった。英語もままならない無名の日本人ドラマーがポツリと会場に、しかも演者側の結構重要なポジションにいるなんて誰も思わないわけで、気を遣ってくれるわけもなく、まず飛び交う専門用語の会話についていけない。理解するので精一杯の中、モリモリスタッフ達が働いている。初日会場入りの段階では「なんだこいつ?何者?」的な雰囲気も漂っていた。わかっている。そりゃそうだ。非常に恐縮しながらも、いざ自分が音を出す段では今までに人生で得てきた喜怒哀楽、自分のリズムのルーツを「今日で最後」ってノリで爆発させる。環境も相まって、火事場のなんちゃらみたいなエネルギーすら自覚した。というか冷静に考えて渡米8か月ちょっと、ストリート、教会、小さなライブバーでの演奏経験で「1アメリカ歳」に満たない俺が、いきなり2000人規模の米国のステージに放り込まれてスパークしない方がおかしい。音と視界がしばしばスローモーションになるほどド没入して演奏。走馬灯も見た。初日のステージ中に、はっきり自分の置かれている状況、1から自ら得たひとつの結果を自覚した。

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5日間のツアー、得たものは計り知れない。

こちらでは知らない人はいない伝統的、伝説的なUSロックバンドClutchのドラマーJPは5本全てのステージを袖で観てくれた。ジッと。最後には「君から学んだ事が沢山ある。素晴らしいエナジーとダイナミックなショウだった。ありがとう」と。

なんて紳士でロックなんだ。色々思い出して泣くのは堪えてFuck Yes Thank you とだけ答えてハグをした。ツアー最終日、フリーメイソンの講堂を改造したライブべニューでステージにいきなり乱入してきてジャム!なんて出来事もあった。打ち上げではJPシャッフル(命名俺)を伝授していただき、彼モデルのスティックを数組いただき、今も頻繁にメールで連絡を取っている。またすぐ現場で会うだろう。

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またツアー中盤、FugaziのBrendanが「Lionizeのドラマー、マジのモンスターだ彼は。だろ?そう思うだろ?」とメンバーに話しているのを盗み聞きした。グッと堪えてその場を後にした。高校時代にNirvanaと共に聴いていたあのFugaziのメンバーにそんな事を話される。嬉しかった。最終日には彼から「お前が完全にバンドをコントロールしている。素晴らしいプレイだ。また近いうちに会おう」と感想をいただき多いに励みになった。フロアタム壊しちゃってゴメンねBrendan。

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更に日本ではChris Daveと共に宇多田ヒカルのアルバム制作に参加していたドラマーEarl Harvinに「USで認められるプロドラマーになりたいんだ。USと日本と世界を飛び回って演奏したいんだ。バンドマンではない、1人のドラマーとして」と自分語りをすると不思議そうな顔をして「なんだ?もうなっているじゃないか?」と言う。いや、実際日本に仕事なんてまだほぼ無いから違うんだ。彼は沼澤さんの事を知っていて、ツイッターの下りを説明すると「当然そうだろう、君には個性があるし、何故日本で仕事が無いのか理解出来ないよ。でもアメリカやヨーロッパでは可能性があるはずだよ」などと捲し立ててくる。来てよかった。アメリカ来てよかった。全部信じる。アメリカ来てよかった。泣

ドイツに住んでいてフルセットを持ち込んでいない彼にはツアー中、俺の機材を貸してあげたんだけど、気をつかってスローンの高さを変えずに演奏していたら腰を痛めてしまったみたいだった。好きにセッティング変えて良いよとちゃんと伝えればよかった。ゴメンねEarl。

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そしてMikeDillon。スタントンムーア、Ani Diffranco、そしてプライマスに関わってきた常にハイでクレイジーなオッさんとも日数を重ねるにつれてどんどん打ち解けていった。ツアー最終日は彼のバンド〜LIONIZEという出順だったのだが、出番直前、楽屋でThe messthetics, FUGAZIのJoeと一緒に瞑想していた時にステージから俺を呼んでいたらしい。打楽器チーム全員でセッションがしたかったようだ。セッションは俺以外全員のドラマーで行われた。そんな重大な事に全く気付かず、直後ステージチェンジの時にMikeから「お前どこにいたんだよ!100万回呼んだぞ!」などと言われ米国軟着陸最大の失敗と後悔を産んだオッさん。カウボーイ気質?のMike、「お前すごいダイナミックなドラマーだな!」としか感想はいただけなかった。MC気付かなくてゴメンね、Mike。

 

 

ドラムに座りタイトに演奏した上でヒステリーと呆然無心、らりるれろ!っと歌う俺のスタイルは、通用し始めている。

そんな確認をする事が出来た、ドラム一発で手に入れた夢のような初仕事だった。

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2018年3月4日の日本での区切りの企画でのMCで話した未来予想、想像を超える大きなスタートを、同年末に切る事が出来た。

冷静に今後数年で、どこに手を引っ掛ける事が出来るか。どこまで自分の中の音楽、ドラムを洗練させられるか。いけるとこまで行ってみるつもりだ。

 

という所で最終回最終章は、MUSHAxKUSHA初USツアー、台湾、そして日本凱旋の1週間を経て米国に帰国し得た良いところ悪いところやその他諸々と、ブログ次シリーズに関する事を書き連ねて米国軟着陸を終了します。

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つづく

 

 

軟着陸最終回1/3 米国軟着陸 #66

冬が終わりに向かっていて、あと1月半で渡米1年を迎えます。

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最終更新から2ヶ月は経ってないかな。昨年末には色々と状況は激変し、一年前に思い描いた構想はほぼ完遂しました。あとは会社(Lionizeのレーベル)が今手続きに向けて動いてくれている「ウエダテツヤがアメリカに必要なんだビザ」が手に入れば(時間がかかる場合が多いので軌道に乗れば)米国軟着陸1年目の目標達成となります。アッと言う間だった。

DCは今真冬。春〜秋の人々のアクティブさや明るさが嘘のように静まり返っています。即ち、やる事があんまし無い。寒すぎる日はストリートバスキングも出来ない。出来たとして人が止まらず結果が出ない。教会のイベントも冬眠?ってくらい落ち着いています。LIONIZEもツアーの時期以外はすごくスロー。色々と先の予定は漠然と出てきているものの、まだ自分がレコーディングした音源は無いので実質ツアー以外はお小遣いゼロです。厳しー!

一応USに根を張りつつも日本人ミュージシャンとしては、このヒマな時期は毎年日本でやれる事をやるのが良いのかな?と、まじめに思ったりもしてます。2020に向けてやれる事もたくさんありそうです。特に英語を使っての色々には可能性ありそうだな。なんて。今年4月以降いつになるか未定だがビザが降りたタイミングから行き来も自由なわけで、何か仕事の依頼や企画への誘致があればフランクに2ヶ国を往来するのも素晴らしいな。と考え始めています。

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タイミング次第では日本にいるし、USにいても交通費で約13万+日当くらいかかるけど日本国内の高いプロ雇うより安いし、ちょっとだけ英語喋れるしアフリカンゴスペルやリアルUSロック仕込みの良い仕事しますよ。是非どうぞ。笑笑

しかし今は語学学校への通学があとちょうど2ヶ月残っているためしっかりこなす。学校に通いながら、ネットに上げられないスタジオワークや新しい音楽仲間との密会を重ねています。

今は常に心境と状態の変化を感じていて、考え方そのものも1年前とは全く違う形に変形してしまったような。

そう、軟着陸感が既にどこかへ消えた。

てなわけで、忘れもしない着陸初期から先月の一時帰国に至るまで、重要な出来事や感想をまとめつつ全3回に分けてウエダテツヤの米国軟着陸を終了しようと思います。これからこの道を目指す人、夢を見ている人の参考になればとも考えます。では・・・

 

#1 軟着陸初期の苦しみ

2018年4月6日、英語ゼロ、マネジメント無し、バックボーン無し、予定なんて妄想以外何一つ無し。

大塚ペンタから大量購入したスティックと生活用品を2つのスーツケースに詰めて降り立ったアメリ東海岸での生活は、吐くような不安と共に始まった。ダラス空港に降り立ち、約束していた迎えも来ず、なんとか言われるがままに向かったのはDIYライブハウス”THE VOID”。いきなり若者の英語にまみれ、混乱し、疲れ、失神するようにDylanの車で眠ったあの初日。一生忘れない。

ハードな道になる事はわかっていたつもりでも、いきなり予想と違う方向に流れ発進した新生活は、“Can”の使い方さえイマイチよくわからない状態で買い物もままならず、どこにも日本語でコミュニケーションをとれる人間は居ず、味わった事の無い孤独感と焦燥感に支配された。

「なんだこの無謀さは。日本に帰りたい」と思ったのも100回や200回では効かない。USで自分を試したいという覚悟の上だったとは言え、第1言語をいきなり排除すると言う重圧はやってみなければわからない地獄だった。そしてやはり心が弱ると見るのは悪夢。頭ではわかっている事もそんな夢の中では全てが被害妄想になって出現する。遡って過去全てがネガティブな悪夢となって毎晩襲いかかってくる。

過去のバンドの失敗、私生活の失敗、お酒の失敗、あの時こうしていたら・・・あんな事しなければ・・・。本当に我ながらよく耐え抜いたと思う軟着陸第一歩だった。感極まって部屋で1人吐いたりもした。

自分の心の脆さに向き合った最早懐かしい。音楽なんて二の次の、ひたすら自問自答の日々。

勉強という勉強を一切した事の無いなりに、思い付く限りの勉強(のようなもの)を繰り返し繰り返し、心を落ち着けていた。ずっと続くような混乱と先が一切見えない不安と共に。

 

#2 バスキング

2ヶ月は続いた混乱期から少しは抜け出したかな?と思えるタイミングが訪れた。一時も忘れず英語の勉強。文法とか単語ではない、話す勉強。常に常に話しかけて会話する努力だけは怠らないでやっていた。簡単な要望や意見なら話せて聞けるようになってきて初めて少し慣れたような慣れないような不思議な感覚に突入した。自分の第2言語としての英語の進歩を、30過ぎた脳みそではっきり自覚する事は未だ叶わないのだが。そして音楽に少し目を向けられるようになったのもこの頃。漠然とした目標に向けての第一歩を踏み出した・・・と、言うよりお金に余裕が無かった。20ドルでも30ドルでも、音楽で稼ぎ出す必要があったのが行動理由の大半を占めている。

そして

路上用ドラムセットの製作

ロクに言葉も通じず何のアテもバンドメンバーもいない状態で始められる音楽表現はストリートにしか無かった。おもちゃみたいなドラムセットに改造を重ねてスーツケースに詰めて街に繰り出し、ひたすらドラムソロを繰り返す。3時間、4時間、たまに5時間。やりまくっているうちに人々の反応の具合がわかってくる。聴衆に届いてこそのリズムでありグルーヴ。手ごたえの有無を実感しながら改善していく。それに伴い音色の改善、セットの改造も重ねていく。最終的にはスーツケースをぶっ壊してバスドラに改造、オールインのスーツケースドラムが完成した。演奏と音色の改善と共にバスキングマネーもみるみる増えていった。学校が終わりもし週5でやれれば、余裕で良い生活が出来る額にまでだ。これが何を意味するか?まずは「やれる」って事だ。ほんのり匂い始めたその「やれそう感」からピカー!っと一筋の光が差した瞬間だった。

年間100を超える小さなショウを繰り返していた日本時代から、全く音楽など二の次の混乱を経て、ミュージシャンとしての自我が再び顔を出し始めたような心の動きは、俺の音楽、ドラムの音色や雰囲気に影響したかもしれない。自分で言うのも難だが、人の心を掴む演奏への大きな進歩も実感した。

 

#3 転機・アーメン法蓮華経

ある日いつものようにストリートで演奏していると何か視線を感じた。1人の黒人紳士が少し距離を置いた場所からジッと演奏を観ていたのだ。おそらくその時間約1時間。まだ人種の壁を超えられていない時期、どうしてもちょっとだけ恐怖を覚えつつ・・・も演奏をしつづけ、休憩を挟んだその時遂にその紳士が話しかけてきた。「素晴らしい。素晴らしい。連絡をしてほしい。君は素晴らしい。連絡をしてほしい。」当時のリスニング能力からするとこんな感じの事を言っていた気がする。イエスエスとわからないまま名刺を受け取り、紳士はその場を後にした。

実はその後、何者なのか半信半疑+英語がまだまだままならなかったので、2週間ほど俺は連絡を放置してしまったが後日やっと連絡とりDCで落ち合い話を聞く。内容、お金、ちょっとした契約みたいなものをした。結果としてこれは米国軟着陸後の初めての大きな前進、街のブラックチャーチへの侵入を果たすキッカケになった。突然予想だにしなかったアフリカンゴスペルドラマーになったのだ。YouTubeによくあるようなチョップスやシカゴの様な教会音楽激戦区のテクニカルで派手なゴスペルをイメージしていたが、そんな要素はどこにも無く、街の一角で鳴らされる彼らが信じるものに向かって心の底から音楽を、歌を捧げる様は、観たことも聴いたことも無い歌とリズムのパワーが溢れかえっていた。

絶対に日本では味わえないアメリカの最も美しい部分。

感銘を受けるとかそんな次元の話ではない。その迫力と合奏出来る事に味わった事の無い喜びを覚えて、貴重過ぎる体験をしている事に感謝し、学べるものは全て学ぼうと更に音楽にのめり込んでいく大きな大きな転機だった。あのBrian Bladeも学びを置いた街のブラックチャーチゴスペル、爪先の爪先でも同じ道に乗ったような気がして天にも登るような気持ちになった。

歌!歌!歌!リズム!

毎週末様々な教会に繰り出してはドバッと演奏して帰る。そんな夢みたいな生活が始まったのだった。

Reveal Your Glory それこそが音楽に存在するタイムライン、グルーヴなのだろう。そんな事を身体が理解し始めていた。ような気がする。本当に歌う演奏とは何なのかを。

 

#4 日本人から学ぶ

アメリカであってアメリカでない場所、それが語学学校だ。南米、中東、ヨーロッパ、アフリカ、東南アジア、etc... スーパーインターナショナルだ。もちろん日本人もチラホラ。

そして日本で聞いていた、想像していたような世界各国のイメージが覆り続ける。

そして逆に世界が想像する日本のイメージも、結構我々が思うイメージと違う。

“サイレントジャパニーズ”

筆記テストの点数の良さと、スピーキングスキルの無さイコール日本人。知識はあるのに話せない。日本のテクノロジーやきめ細やかさの現れでもあるこの属性は、もちろん良い意味で作用する事もあるが、いざ話すとなるとダンマリ。有名なステレオタイプだが、実際そんな人は多い。本当に多い。

それはUSに居る意味がないな。と感じたので、自分は日本人で固まる様な事は一切せず、一期一会のバンドツアーをやっている様なノリと勢いで学校でも友達を作り続け、日本でやったら怒られるであろう自分の素のパワー全開で生活し続けた。

もちろん筆記テストとスピーキングポイントが日本人のそれと矛盾するように。そして不思議な事に、それが勉強そのものに馴染む。

特に南米系の友人達は、いまだに俺が日本人と信じてくれない。新しい出会いがあるたびに「おまえはどこの国から来たの?アジア人だけど、国のイメージが付かない」と何回言われたかわからない。それくらい日本人が世界中で大人しくて感情が無い、機械みたいな人達だと思われているのだ。良い悪いではなく、実際にそうかもしれない。そして自分がその逆方向にアクティブに、アグレッシブになれていると言う事は、まさに自分が思い描いていた活動が出来ていると言う事だ。学校はそれを試し、慣れる良い機会だった。

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と言うあたりで次回に

次回は冒険心と行動力で掴める物はなんだって掴むような気でやれる事を行なっていた日々が、とあるキッカケでドカンと前進する事になる軟着陸下半期の出来事や心の動きにフォーカスします。

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最終回2章へ続く

 

 

 

 

 

米国軟着陸 #65

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FORWARD米ツアーレポートをじっくりと読んだ。媒体の都合上、文字の制約があったようだがどう転んでも素晴らしい内容に手汗をかきながら読み進めた。そしてBLACK CATでの体験を思い出していた。

 

本文にもあるように言葉を得ながら進化したツアーだったのは容易に想像出来た。

現に俺がD.C.で観た時は、難なくMCを理解出来たし、会場全員が理解していた。言葉も文化も違う国で、更にステージ上で、あれだけクリアに意見を投げられるって生半可ではない。

更に演奏。戦車かよ!ってグルーヴ。完全に轢かれてしまった。

25日25本、全米+カナダトロント

正気の沙汰とは思えない。本当に凄い。

電話で#stdrumsユージユージ・レルレ・カワグチ#STDRUMS on Twitter: "#STDRUMS【完全アナログレコーディング & UKプレスレコードアルバム製作プロジェクト】ストレッチゴールの『レコードお渡しフリーワンマンライブ』ですが、KICKSTARTERへの支援からでも優先参加可能です!乗り遅れた方はこちらもよろしくお願いいたします! CAMPFIRE - https://t.co/3rI9WgUJhO… https://t.co/ACdew4KM4K"が言っていた「なんてったって前進だからしょうがない」って言葉に100%納得のライブだった。

当日はあまりに自分と照らし合わせ過ぎて、強烈なグルーヴと迫力が誇らしくて、モッシュピットでベソをかくと言う心が洗われる体験もした。(笑)

 

会場にはWillの姿も。

Willはこの回の絵の購入者⬇︎

米国軟着陸 #59 (番外編) - ウエダテツヤの米国軟着陸

FORWARDのグッズをアレコレ物色していた。

ご満悦の様子にこっちもホッコリ。

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さて、自分の事も。

とりあえずの8ヶ月。大小2つのスーツケースと大量のドラムスティックだけを持って、日本で一回対バンしただけのたった1人の知り合いを頼りに着地したDMVエリア。通用する経歴も、バックボーンも、何一つ無く、DIYで、ただ自分の足と音楽だけで入り口の階段を建設する事に成功した。2週間後に始まる1ヶ月に及ぶツアーである。

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この短い、だが大規模なツアーの打楽器陣はClutchのJean-Paul Gaster、FugaziのBrendan Canty、Mike Dillon、そして俺。俺だけが誰も知らない謎の東洋人。何が出来る?入り口の階段の先のドアノブに手を掛けるか?ドアを開けられるか?人生最大の試練であり喜びであり、ステップである。演奏するLIONIZEはかなりトラディショナルなUSロックバンドだが、もちろんそこをフォローして終わらせる気は無い。自己表現100%で会場を揺らしたいものだ。

 

Holiday Runを終えると元旦が唯一のオフ、すぐにMUSHAxKUSHAのツアーへと雪崩れ込む。

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離脱時の一つの約束だったツアーの制作を果たし、俺の空席期間、バンドは、個々はどんな進化を遂げているのか、非常に楽しみである。10本の大小様々な環境と地域で、どうなるか想像もつかない。


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更に御一行は台湾へ。こちらはMUSHAxKUSHAベーシスト平のオーガナイズ。USAと違ってタイムテーブルなどが事前に決まりちゃんと書面で送られてくる時点で懐かしい感じもする。

 

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そしてつかのまの一時帰国。

1/21に日本に到着(1/17に一時着陸するけどすぐ台湾なので)

1/23は地獄の曼珠沙華(いつかこのバンドもUSツアーをマネジメントしたいものだ)

1/26はMUSHAxKUSHAツアーファイナルワンマン

1/27にはD.C.への帰路につく。

 

あらま、ぴったり12/27から1/27まで、3ヶ国を行き来して利を掴んで行くわけだ。

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少年の様な心で!FORWARDのツアーとライブに感銘を受けた体験を燃料にして駆け抜けたい。

俺は決して所謂パンクスでは無い。ロックンローラーでもヒップホップでもない。

本来音楽は形容出来ない。

でも、意見を曲げず、スタイルを曲げず、自分の音楽としての存在が誰かに興奮や勇気を与える事に集中して表現する事、それがジワジワと広がっていく事、DIYである事、それは俺にとって紛れも無いJAZZPUNKである。

この公言からもうすぐ1年。何もわからなかった一本のちん毛は、100本くらいに成長した・・・気がする。

 

つづく

 

 

米国軟着陸 #64

嵐の前の静けさ・・・?

夜中はすでにマイナス6℃まで冷えるROCKVILLEに定着して8ヶ月強、なんだかんだ一時帰国の日程も決まり、年末年始に向けてクソ忙しいのは在日中と特に変わりはない。

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帰国日程

1/21着陸〜1/27離陸

予定はこんな感じ

1/21 着陸〜直行、超新年会@高円寺

1/22 おばあちゃんに会って歯医者行ってリハ

1/23 四谷Doppo 地獄の曼珠沙華ワンマン

1/25 ???

1/26 両国SUNRIZE MUSHAxKUSHAワンマン

1/27 羽田に送ってくれる人募集中

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最近は心がイライラする余裕が出来始めているのを感じる。ミュージシャンと深く関わるようになり、本質的な文化の違いも今になってヒシヒシと感じ始めている。3ヶ月や半年とかでは分からなかった事が。

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そうそう、学校、5段階のクラスの上から2番目まで進級した。少し前に日本で英語の教師をしているって人が3番目のクラスだったので、もしかすると英語の先生やれるのか?なんて。

ネイティブとの会話なんて未だにままならないのに、日常と学校のバランスがよくわからん。

 

今日もそんな話を練習毎に一緒に飲みに行くLIONIZEのベーシスト、ハンクにしていた。

「おまえ毎回断らないな!」とか言われるが、「いやお前が毎回誘うからだろ!」なんてイチャイチャする程度には仲良しリズム隊になれている。

 

そんな日頃から彼が超おすすめしてきていたジャマイカンフードレストランに初めて足を運んだ。

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週に2回くるらしいハンクは店員に俺の事を説明。俺がジャマイカンフードを食べたことがない事を店員に伝えると「冗談やめろよメーン」とジャマイカン夫婦店員に言われてしまったので「お前スキヤキ食った事あんのか?」と聞くと「食べた事ある」と言うので自分の見聞の浅さを恥じた。

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ふと横に目をやると

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ティービーワンダーご来店済み。

それも一回や二回じゃないみたい。

 

キャー!太郎!スティービーワンダーだよ!(NONMALTハーモニカ太郎は彼と知り合い)

 

そんなこんなで食べたんだけど、見た目はかなりドープだ。(チキンとキャベツとライスだけ)

ライスは教会のアフリカンフードと一緒だった。

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猛烈な辛さと旨味、こっちにきて以来、1番美味しかった。てゆうか、生涯食べ物ランキングにランクインしてくる。

次からこっちに遊びにきた日本人は絶対連れて行こうと思うよ。

 

そんなこんなで、米国軟着陸当初では想像できなかった感じに、スルッと住み着いちゃってるわけでした。

 

つづく

 

米国軟着陸 #63

もう朝な訳だが今日は月曜休日。なんの日かは知らない。

Lionizeのアンサンブルもだんだん仕上がってきて徐々にドラムのアレンジを我が色に染め始めている。

Lionize - You're Trying to Kill Me (Official Music Video) - YouTube

 

しかしLionize、この初代ドラマーがバネがあって良い感じだ。このエッセンスも取り入れようと思う。

 

Lionize - Strange (Live in HD) - YouTube

 

兎に角年末にはClutchのJean Paul Gaster、そしてFugaziのBrendan Cantyが我がプレイを観るわけだからとりあえず過去最高の、今年の3月4日を超えるプレイを各日程の30分間で6回。それが最低ラインである。

はやくもメンバーからは愛のメッセージもいただいており、来年のツアー、夏のUKツアー、そしてレコーディングも叩いてくれと言われているが、ビザの問題で決定までは至っていない。が、おそらく彼らのレーベルやマネージャーの手によって事は良い方に進むだろう。

丁度一年ほど前に立てた目標の壁は、すでにオーバーキル状態だ。本ブログ、米国「軟」着陸が本着陸してしまう日もそう遠くはない。

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俺はSF狂で、ファンタジーやホラー以外のSF映画はほぼ全て観ているはずだ。で今日、日本の後輩がJAXAに就職するという嬉しいニュースを聞いた。渡米前、好きで数回観ているインターステラーと言う映画をオススメして一緒に観たんだけど、それがキッカケの1つだなんて言ってくれちゃって、ストレートにJAXAの職員になってしまうなんて、ゾワッとするくらい嬉しかったし、年末のツアーが決まった時の次にビックリした。

 

自分で歯車を動かしていく人が結果を出していく姿は本当に元気がもらえる。テンションが上がってしまって寝れない。

 

As Imagination means nothing without doing, I’m going to do.

これを徹底する限り、道は無限にあるよね。

 

つづく